20以上のチェック項目。88鍵をひとつずつ
内外装の修復が完了した後、ほぼ1日かけて行うのが整調・整音作業です。「ハンマーの打角点検」「鍵盤の高さ調整」「鍵盤の間隔調整」「ダンパー調整」など整調の基本工程だけで20項目以上。これを鍵盤部分では88鍵分一つひとつ調整していきます。
整調基本工程
STEP 1 ネジ増し締め、フレンジ点検 | 各フレンジのガタ及び硬い部分を見直し、各部分のネジ締めを実施 |
---|---|
STEP2 ハンマー走り、角度修正 | ハンマーの左右の走り、ハンマーの当たる角度を点検 |
STEP3 弦合わせ | 弦に正しく打弦するようにハンマーの感覚を揃える |
STEP 4 ベッティングスクリュー調整 | 筏と棚板の接触面を安定させる |
STEP 5 鍵盤調整 | 鍵盤の動きを基準にそって整える |
STEP 6 鍵盤均し | 鍵盤の高さを整える |
STEP 7 鍵盤間隔直し | 鍵盤の動きを基準にそって整える |
STEP 8 白鍵足掻き | 白鍵の深さを全て均一に整える |
STEP 9 サポート調整 | ローラーとレペティションを正確に合わせる |
STEP 10 ジャック上下調整 | ジャックの上面とレペティションの関係を整える |
STEP 11 ハンマー均し | ハンマー先端からの打弦距離を整える |
STEP 12 黒鍵足掻き | 白鍵のタッチに合わせて黒鍵の足掻きを決める |
STEP 13 ジャック前後調整 | ローラーとジャックの位置関係を整える |
STEP 14 接近(レットオフ) | ハンマーの先端が弦へ接近して離れる位置を揃える |
STEP 15 戻り調整 | 静かに鍵盤を押さえた時のハンマーの動きを揃える |
STEP 16 バックチェック調整 | バックチェックの左右位置、角度を合わせる |
STEP 17 ハンマーストップ | 打弦後ハンマーの詰まる位置をバックチェックの前後で決める |
STEP 18 スプリング調整 | ハンマーが自力で運動する強さを整える |
STEP 19 ダンパー総上げ | ペダルを踏んだダンパーの動きを統一 |
STEP 20 ペダル調整 | 各ペダルの動きを調整 |
STEP 21 全体点検 | 全体のタッチ、状態を把握して違和感があれば修正する |
整調はピアノのタッチ。いうなれば弾き心地に影響する部分。鍵盤を押してハンマーが動き、弦を叩いて音を奏でるピアノは、微妙なニュアンスを強弱によって表現します。そのため「鍵盤の高さ」、「押し込んだ際のストローク」、「ハンマーが意図通りに弦を叩く」、「ハンマーが正しく戻ってくる」ことは非常に重要で、調整には緻密さが求められます。たとえば作業表の6番にある「鍵盤均し」では、厚さの異なるバランスパンチングペーパーと呼ばれる紙をバランスピンに挿入して鍵盤の高さを調整していきますが、その誤差は0.1〜0.15ミリほど。見た目ではほぼ分かりませんが、ほんのわずかなズレを弾き手は違和感として感じ、それは上級者になればなるほどセンシティブだといいます。
また上記表に記した作業はあくまでも基本工程です。ピアノの状態によっては追加作業が発生します。安部さんのピアノでは鍵盤裏側のプッシングクロスの摩耗が確認され、貼り替え作業が行われました。
「プッシングクロスは中央のピンを支点にテコの原理で動く鍵盤の木部分が直接ピンに触れないようにする部品です。鍵盤裏側の手前と奥の2箇所あり、安部さんのピアノでは特に手前側の痛みが激しく、放置しておくと鍵盤のガタ付きや横ぶれにつながるため、この部分88鍵分を新品クロスに貼り替えました。」と担当技術者の馬場は説明します。

安部さんのピアノではオプション作業としてプッシングクロスの張り替えを実施
ピアノの声を聴く作業
整調は作業表にあったように、各作業項目を基準にそって調整していきますが、同時に技術者はこの作業を通じてそのピアノオーナーの特徴などを把握し、ピアノの最良のバランスを考える上でのヒントを得ます。もちろん『ヤマハリニューアルプラン』お申し込み時点で、「特定の一人が弾く」、「家族複数が弾く」、「教室で多くの生徒が弾く」、「本格的な練習用」、「趣味程度」、「ジャズ」、「クラシック」といった情報は確認済みです。しかしピアノは「育つ楽器」ともいわれ、ピアノの生い立ち(使われ方、弾かれ方、演奏者の特徴など)によって各ピアノの個性はそれぞれ異なります。厳密にいえば同じ型番、同じ機種でもそれらは違う個性を持ったピアノです。技術者はその違いを、ハンマーフェルトについている弦の痕跡、フェルトの変形具合、特定の鍵盤の微妙なズレなどから感じ取ります。それは「ピアノの声を聴く」作業ともいえ、整音、調律の方向性を定める上でも重要な情報なのです。
整音作業において重要な役割を担うのがハンマーフェルトの調整です。表面に弦の跡が深く残っていると演奏者の鍵盤を叩く力が弦に正しく伝わらず、思っていた強さの音が出せないなどの問題が起こります。作業ではフェルト表面をサンドペーパーで削り形を整え、さらに細かな調整をするためにフェルトに専用器具で針を差し込み、その弾力を整えていきます。俗にいう「固い音」「柔らかい音」と表現される、音のニュアンスに関係するのがこの作業で、技術者は基準にそいながら、そのピアノにもっとも適したバランスを整えていきます。

ハンマーフェルトの表面を削り、形を整えていく
安部さんのピアノの整音の方向性は「特に中高音から高音部が若干固い音が出ていたので、それを低音部とのバランスを考えて抑える方向で整音しました。ただ最終的な判断はお客様ですので、固さがやや残る程度で仕上げ、ご意見をお聞きして最後の調整をする形にしました」(馬場)といいます。実際、センターで試弾した安部さんからも「もう少し高音部の固さを抑えたほうが良い」との指摘があり、その後、納品前に最終調整を行なっています。
整音を終えたピアノは、調律、組み上げ、全体チェックを行い、ここでセンターでの作業は終了します。完成品はアクション、足を分離して搬入用の梱包を行い、再びお客様の元へ帰ります。お客様のもとで組み上げられたピアノは技術者によって再度調律が行われ、お客様のご要望を確認しながら調整が行われ、納品となります。
『ヤマハリニューアルプラン』のサービスとしてはここで完了となるわけですが、「大切なピアノをいつまでも最高の状態で弾いていただく」そして「次の世代へとピアノを繋ぐ」という点では、「これで全て良し」はありません。
安部潤さんが購入されたピアノが、今ではご長男のピアニスト安部和奏さんの練習器となっているように、ピアノは受け継いでいくもの。正しく設計されたピアノは、正しく手を施すことで世代を超えて繋いでいくことが可能です。もちろん『ヤマハリニューアルプラン』を行なっていくことで、そのピアノは今、現在のベストの状態にあると私たちは自信をもっていうことができます。しかしピアノは生き物。弾かれ方、置かれた環境によって日々変化します。第一義的にはお客様自身による日々のケア(「ピアノの上に物を置かない」、「温度や湿度の変化に気をつける」、「物をぶつけるなど過度な振動を与えない」など)が重要になってきますが、その上で私たちは『ヤマハリニューアルプラン』後の定期点検や調律などで、お客様のピアノに寄りそい、その品質を共に守っていきます。