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デザインのチカラ×デザインを支えるワザ

「ミラノデザインウィーク2026」ヤマハ出展作品
アップライトピアノの修復・再生〜外装製作に協力

リニューアルとリノベーション

<DRESSING>をデザインするにあたり、まず行われたのが<W201B>をいろいろな方向から撮影した写真データを基に、3Dのデザインシミュレーターに落とし込むことでした。このモデルに坂本が照明の配置場所、木目塗装の色などを試行錯誤しデザインを組み上げていきます。

安松 建

安松建(やすまつ けん)

ヤマハピアノサービス株式会社 掛川センター
ギター製造技術者などを経てYPSへ。掛川センターでは外装の補修、塗装を専門的に担う、ピアノ外装のエキスパート
 

「ピアノでありドレッサーでもある」ということから、当初から決まっていたのが、上前板に鏡の役割を担わせるため、ヤマハならではの黒鏡面艶出し仕上げ(Polished Ebony / ピアノブラック)にすること。また女性が化粧をする場ということで「血色感をプラスしたい」ということから、全体に温かみのあるトーンでまとめ上げるということでした。

3Dモデルで色番号を基にパソコン上で作成される画像は、完成イメージを可視化、共有する上では充分かもしれません。しかし実際のピアノを構成するのは木材です。塗料を塗った際の浸透具合、乾燥後の色の変化まではシミュレートできません。そこで安松は、最初に指定された5種類ほどの色をテストピースに塗装したサンプルを作成し、それを坂本に提示し色選定を委ねました。

「実際に塗ってみたものを見ることで、デザインのイメージが変わってくるっていうんですかね、迷いではなく、シミュレーションでは得られない新たなインスピレーションが湧き出てきます。だから細かなところまで見ていくと、最初のデザイン案からかなり変わっています」と坂本がいうように、当初のシミュレーション画では天板、ピアノ側面の親板部分は木目調だったものが、最終的にはマット調でややグレイッシュな黒に。鍵盤蓋内側は塗装ではなく、レザーを貼り付けることで、木目とのバランスがとれた柔らかみのある差し色があしらわれています。

デザインの過程ではさまざまな配色パターンが検討された

デザインの過程ではさまざまな配色パターンが検討された

こうした製作過程での変更に対し安松は「テストピースと実機への塗装ではまたイメージも変わって来ると予想していました。実際、製作にあたっては『途中仕様変更がある』と事前にいわれていましたので、いかにしてその変更に柔軟に対応できるか、極端にいうと『決定も決定ではない』くらいの気持ちで臨んでいた」と話します。

特に試行錯誤が繰り返されたのが上前板のフレーム部、鍵盤蓋、腕木、脚、下前板など<DRESSING>のかなりの割合いを占める木目の色調です。ベースの<W201B>は濃い褐色の木目でしたが、これを「明るく温かみのある色」に再塗装すべく、先述したようにテストピースで5種類ほどの塗装サンプルを作成。ここから2種ほどに絞り込み、次に実機での塗装テストを行いました。ここで重要なポイントが「塗装を行った後に、いかに前の状態に戻れるようにできるか」(安松)でした。

再塗装にあたっては<W201B>の塗装面を削り、色抜きを行なって可能な限りナチュラルな状態に戻して新たな塗装を施します。ただしそのまま色を乗せてしまうと再び元の状態に戻すのは難しくなります。そのためベースを保護する下地処理を施し、それにあった塗料の配合を決め、テスト塗装を行うという工程が繰り返されました。最初は上前板の裏側など見えない部分で確認。徐々に表の塗装部に移り、塗料を吹いてみては色が落ち着いた段階で確認、修正作業を行う。色が確定するまでには一ヶ月くらいを要したといいます。

カラー調整01
カラー調整02
カラー調整03
カラー調整04

指定された色番号を基に塗料の配合、塗装方法などを細かく検討

「塗装を繰り返すことは少なからず下地へのダメージが加わります。もちろん品質面を考えれば塗装回数は少なければ少ないほど良いのが実情です。ただ今回の場合は最初からそう(仕様変更がある)いわれていましたし、私たちの役目はデザイナーさんのイメージを、イメージ通りに形にすること。そのためにダメージをどうしたら最小化できるか、再塗装のリスクをどうやったらリカバリーできるかってことばかりを考えていました」

という安松に、「実際のところ面倒と思ったことは?」と少し意地悪な質問をぶつけてみると意外な答えが返ってきます。

「むしろ新鮮でした。ある箇所で、これ以上作業すると木目の柄が揃わない、バラバラになってしまう、ということをお伝えしたことがありました。リニューアル作業としてはある意味NGな現象なのですが、柏瀬さん、坂本さんのお二人からは『逆に面白いからそのまま行きましょう』といわれたんです。デザイナーの求めるものと、私たちが普段行っている修復・再生作業との価値観の違い、そこにあるデザインの意味みたいなものに触れられたような気がしましたね」

発売当時の宣伝カタログから。センターに掲載されているのが「ヤマハピアノ竪型ホーム型」

「通常のリニューアル業務とは違った刺激があった」という

この安松の言葉を受け、坂本は「それも<DRESSING>を考える上でポイントのひとつかもしれません」といい、こう続けます。

「普段、善とするものが悪だったり、その逆に普段、悪なものが善になる。ピアノの再生という意味では同じベクトルにあるようで、『リニューアル』と『リノベーション』の差異。そこに生まれる常識や価値観の違い、ズレの部分。それも<DRESSING>のデザインの一部なのかな、と」

また柏瀬は「不完全さが面白いとも思った」といいます。

「ヤマハとして展示する以上、もちろん品質へのこだわりはあります。たとえば上前板のピアノブラック。ヤマハピアノ伝統の黒鏡面艶出し仕上げは妥協したくありませんでした。その一方で、木目のズレなど『完成されすぎていない』ことが、むしろ『PARSLEY』の展示らしいとも思えたんですね」

リスクを想定し、常に手戻りできる状態を担保しながら作業を進めた安松ですが、作業の中盤、1箇所「とにかく緊張した」という工程がありました。それはピアノブラックに塗装された上前板の左右部に照明設置用の穴をあける作業です。

「左右対称に表裏両方の板に寸分の狂い無く掘り込みを入れる作業で、どこを基準線にするか、何をガイドに治具(ジグ)を設置するか、何パターンも考え、何枚も治具を作って調整し、何度もテストピースで試し堀りをして本番に挑みました。このピアノの顔とも言える重要なパーツでの1発勝負の作業だったので、完成時におふたりに『完璧です!』の言葉をもらった時は、本当に肩の荷が降りた気持ちでした」

穴あけ前の上前板。寸分の狂い無く掘り込みを入れる作業のため、作業は慎重に行われた

穴あけ前の上前板。寸分の狂い無く掘り込みを入れる作業のため、作業は慎重に行われた

妥協できない「ヤマハの音」

外装デザインが注目される一方、この<DRESSING>の製作のもう一つのポイントが展示のみではなく、実際に来場者が弾ける楽器であるということです。モーターショーのコンセプトカーのようにデザイン提案や概念を提示するのではなく、演奏できる楽器として展示する。それはヤマハにとっては当たり前であり、かつ音質に関しては譲れない、妥協できない領域ともいえます。

この内装調整を担ったのが掛川センターの山田和典です。ヤマハのピアノ製作部門を経てYPSへと入社した山田はヤマハピアノを熟知したベテラン技術者。通常の修理や再生作業のほか、ヤマハが資料として保存する歴史的な希少ピアノの修復・再生などにも数多く関わっています。その山田から見てベースとなった1983年製の<W201B>は「比較的状態の良いピアノ」だったといいます。

山田和典

山田和典(やまだ かずのり)

ヤマハピアノサービス株式会社 掛川センター
ヤマハのピアノ製造組み立て部門などを経てYPSへ。希少ピアノの修復など経験豊富な技術者。ヤマハ野球部の出身でもある。
 

「40年以上前のピアノですから経年劣化している部分はありました。ただ以前のオーナーさんが調律やメンテナンスなどをこまめにやられ、大切に使われていたからだと思いますが、大きな部品交換などの必要はなく、再生作業としては『困ったな』『これは厄介だ』などと感じる部分はありませんでした」

そうピアノの印象を振り返る山田にとって、難しかったのが「ピアノトータルとしての調整時間がなかなか取れなかった」ことでした。

<DRESSING>の製作は2025年9月にスタートして年末には完成というスケジュール。けして余裕があるとはいえないその工程のうち、外装デザイン作業の占める割合はどうしても多くなります。アクションや鍵盤などを外し、部分的な再生作業は進められるものの、ピアノは演奏者が鍵盤を叩き、アップライトピアノでいえば約8000の部品が正確に動作することで、はじめて美しい音を奏でます。

「アクションなど、内装の各部をしっかり調整したとしても、それを収めて組み上げた時にどう鳴るのかが、そのピアノの音質という面ではすごく重要ですが、今回は外装部材がなかなか揃わなかったため、まとまった調整時間が充分に取れませんでした。限られた時間でこのピアノの最高のパフォーマンスをいかに引き出せるかが鍵でした」

「ピアノが持つ最高のパフォーマンスをいかに引き出せるかが鍵」という山田

「ピアノが持つ最高のパフォーマンスをいかに引き出せるかが鍵」という山田

<W201B>は背面X支柱、上前板のトーンエスケープ機構のほか、ソステヌートペダルやオールアンダーフェルト・ハンマー、中低音域弦を固定するアグラフなど、グランドピアノにも用いられる機構が採用された当時のフラッグシップともいえるモデルです。山田は少ない時間のなかでもそんな設計思想に込められた「ヤマハの音」を最高の状態で響かせるための調整を行いました。それは何十年とヤマハピアノに関わってきた者として妥協できない「ヤマハのプライド」なのかもしれません。

「でも最後に部材がある程度揃って、最終調整する過程はけっこう緊張したんですよ」

という山田に、「どういうことですか?」と聞くと、こんな答えが返ってきます

「傷付けたらどうしよう、って」(笑)。

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